Sunday, December 27, 2009

クリスマスはルーマニアレストラン

 銀座の中央通りのビルの地下にある、ダリエというルーマニア料理をだすレストランに行った。隠れ家的な感じで、アットホームである。店内はルーマニアの民族グッズが飾ってあり、ルーマニアの伝統的な音楽が流れている。

 メニューはクリスマスメニューということで、Aコースを頼んだ。



まずは食前酒としてホットワインがくる。甘くて飲みやすい。


魚の白身や、ナスのペーストをパンにつけて食べる。ナスが意外とおいしく、パンを食べすぎてしまった。。


チョルバという牛の胃袋が入ったスープ。もつ煮込みみたいなものだ。これもおいしく、パンが進んでしまう。


サーモンのアーモンド炒め。意外な組み合わせだが、よく合っていた。


メインはルーマニアのロールキャベツ、サルマーレと炭火焼ハンバーグのミティティ。トウモロコシの粉のママリーガが付いている。ルーマニアに行ったときに食べたものだ。どれもおいしく単品としてがっつり食べてもいいくらいであった。

今度は普通のメニューの時に訪れたい店であった。そしてルーマニアにも行きたくなった・・・。



Friday, December 18, 2009

バイトについて

 現在、2つのバイトを掛け持ちしている。某経済雑誌の編集部と都内某所にあるカプセルホテルの受付である。今日は昼間から夕方にかけて雑誌のほうで、夜からカプセルだ。どちらも仕事量が少なくて、座っている時間が長いので楽だ。雑誌のほうはコピーを頼まれたときにコピーし、デザイン事務所までお使いに行ったりする以外は、ひたすらデスクに向かってお勉強したり、本を読んだりすることができる。 カプセルも、眠いのを我慢して、お客さんのチェックインを処理すればあとは本読んだりパソコンすることができる。まさに受験勉強をしている人にとってはうってつけのバイトである。勉強してお金がもらえるようなものだ。
 思えば、大学に入ってからいろいろとバイトを転々とした。入学前は、日雇いの引っ越しのバイトで10日くらいほぼ連続で入れたのが初めてのバイトだ。拘束時間は長いが実働時間は短く、適度に手も抜けたのでよかったが、最後のほうは背中を痛めた。やはり長くやるような仕事ではない。
 大学に入って、とりあえずということで派遣のバイトに登録した。郵便の仕分けというのをやったが、本当に単純作業で、面白くなかった。
 6月に個別指導の塾のバイトを始めた。あまり拘束されたくなかったから週一しか入れなかった。これは2年近く続けた。定期的に教えた生徒は3人だけだったが、英語やら数学やら教えたし、受験生もいちおう志望校に進学させることができた。このバイトはスーツを着ていかなければならないのがネックだった。楽しみは塾の隣にあるラーメンを塾長におごってもらうことだった。お金という面ではあまり割はよくなかった。
 大学1年の9月からつい先々月まで続けたのが某百貨店の食料品売り場のレジである。時給は1100円と割とよく、レジも仕事を覚えてしまえば考え事をしながらでもできたので、当時は楽しかった。はっきり言って接客という仕事は自分には向いていないが、向いていないことをして開発されたこともあるだろう。職場も大学生が多く、仕事後に飲みにいったりと、サークル的な楽しさもあった。
 こうして振り返ると、結構いろいろなバイトをしてたんだなと感じる。とりあえずわかったことは割のいいバイトは紹介に尽きるということだろうか。

Saturday, December 5, 2009

将来について

 
 ゼミの就活中の女の子達と話していて、ライフプランの具体性に驚いた。何歳ころにこんな生活をして、そのためにはこれくらいお金が必要で、そのためには総合職じゃないとだめだとか、かなり考えているんだなと思った。自分は今、外務省専門職の試験を受けることしか考えてない。外務省に入ったらどのような人生を送ることができるのかを具体的にシミュレーションしてみたい。

 まず勤務地であるが、本省と在外公館の勤務を5~6年ごとに繰り返すことになる。霞が関の本省には自宅から通ってもいけないこともないし、目黒に寮があるらしいのでそこから通ってもいいだろう。
 外国での勤務に関しては、まず内定時に割り当てられる語学によって、勤務地が大体決まる。英語であればいろいろな所に勤める可能性があるが、41ヶ国語もあるなかからわざわざ英語をやりたいとは思わない。それなら頑張って一種のほうがやりがいがあるという話である。積極的にやりたいと思うのはヨーロッパの言語である。ドイツ語であれば勤務地はドイツやオーストリアになり、住む上で申し分ないだろう。EUとの交渉など役割も大きいと思われる。しかしこれも一種の人がいるので、専門職でどこまでできるのかという疑問がある。
 専門職ならではのマイナーな言語であったらどうだろう。22年度は周期的にルーマニア語があるんじゃないかと思われる。ルーマニア語を勉強するというのにはものすごく惹かれる。2年間留学するのも楽しみだ。ただ問題は大使館があるのがブカレストであるということだ。あんな汚い街にあまり住みたいと思わない。マイナー言語であれば通訳する人物はかなり高位になる。やりがいもあるだろう。その国の文化を研究するのもはまれば楽しいし、やめてアカデミズムの道に行くという選択肢も開けるだろう。
 
 他にアラビア語になるという道はどうだろうか。中東に勤務するのはそれはそれでいいと思うし、サウジアラビア入国という貴重な体験ができるかもしれない。パレスチナ問題や石油の問題に対して日本という立場から取り組むことができるのは非常にやりがいがあるだろう。
 
 スペイン語だったら南米に勤務できる。それはそれで楽しみだ。東南アジアや南アジアの言語にはなぜかあまりやりたいと思わない。

 とまあこんな感じだろうか。まあ未来のことなどわからないし、あまり具体的に考えてもしょうがないともいえるからこれくらいにして試験勉強に励もうと思う。。。

Wednesday, December 2, 2009

ふりかえり①

2009年もあと一か月を切ってしまった。この一年を少し振り返ってみる。
 2009年はいつになく充実していたように思える。この年だけで11カ国も行くことができた。いろんな国があって、それぞれで固有の暮らしがあるということを目の当たりにして自分の視野が広くなったという点で本当に行ってよかったと思う。春のトルコの時はトラブルだらけだったけど、夏の中東ではそれを踏まえて旅することができ、1人前のバックパッカーになれたと言えるんじゃないだろうか。
 まだ行きたいところは世界にいっぱいあるのに、大学生なのもあと1年3か月だ。6月の外務省の試験はなんとしても合格して、卒論の合間にでもじゃんじゃん海外に行きたい!!!あと半年本気で勉強しよう。

Thursday, November 26, 2009

Я сошла с ума

日本でも一時期流行ったt.A.T.uのAll The Things She Saidのロシア語バージョンだ。今改めて聞くと、英語よりも趣があってよい。キリル文字表記のタイトルをラテン文字表記に直すとYa Soshla S Umaになるらしい。テンションあがるわこの曲!!

Wednesday, November 25, 2009

Antique

アンティークというユニット名。まさにギリシャらしい。ギリシャとの音楽と、北欧のダンスポップの融合らしい。wikiによれば、二人ともギリシャ系のスウェーデン人で、幼馴染らしい。
曲は北欧的なノリのよい中に、トルコを思わせるメロディもあり、これがギリシャかと思わせる。

Monday, November 23, 2009

Fly Project

ルーマニアの男性二人組ユニット。そのまま歌ったり、女性ボーカルをフィーチャーしたりしている。これは新曲である。東欧が熱い気がする。特にclazy loopなど、ルーマニアがあつい!!



Raisaという曲が流行っていたらしく、youtubeで聞くなり、「ナナナ」が脳内ループするようになった。そしてアマゾンで日本版を買ってしまった。日本版のタイトルの「天使のNANAナ♪」というのはいかがなものか。品位を貶めているとしか思えない。とはいえ中身の曲は海外で売られているやつと変わらないからいいか。
 ヨーロッパの曲は日本にないセンスで創られていていい。てかルーマニア人、美人だな~




どうぞ!

Friday, November 20, 2009

サムギョプサル

新大久保の「豚ちゃん」というお店にて、サムギョプサルを食す。韓国で学んだ食べ方:肉をタレにつけサンチュに載せてにんにくのかけらを入れてから味噌つけて食べる。
うまい!!!
日本の焼肉屋では牛肉がスタンダードだが、豚もうまい!!!是非ともまた食べに行きたい。もっとコアな新大久保も行かなければならないだろう。





Wednesday, November 18, 2009

二郎日和

 今日は三田祭の準備期間ということで、学校が休みだ(まぁ普段の水曜も実質休みだが)。
というわけで、家で勉強でする。太陽が久しぶりに出たが、外は寒い。このような日は二郎日和である。家から自転車で行くことができる、ひばりが丘二郎に行ってきた。4人ほど並んでいて、しかも、ちょうど食べ終わった人がぞろぞろ出てきたので、すぐに席に着くことができた。そのあと後ろにどんどん並んでいたから、かなりラッキーであった。
 ラーメンの食券を買い、席につき、店主の動作を見ながら、いまかいまかと待つ。隣の人が聞かれ、「お隣は?」と聞かれる。そして「ヤサイニンニクマシ!」と唱える。

 二郎は量が多く、食べるのが楽しい。麺をうまく野菜の上に載せて、野菜をスープに浸しつつ、麺をさまして食べる。そして、スープのしみ込んだ野菜を食べるという、2回美味しいのだ。にんにくをいれるとなお美味しい。食べ終わった後に胃にくる重量感。店を出て、汗をかかないくらいの温度で、まさに二郎日和だ。

Monday, November 16, 2009

Dredについて

マイブームであるユーロダンス探しの中で、今気になっているのが、Dredというハンガリーの男女ペアのアーティスト。新しいのか、Wikipediaでも見つからない。アルバムが出たら是非ともほしい。ハンガリー語で歌っていてなにを言っているのかはわからないが、軽快なリズムとキャッチーなメロディーだけで聞く価値はある。今後の活躍に期待だ。

Sunday, November 15, 2009

音楽の趣味

 最近自分の音楽の趣味の方向性がわかってきた。ジャンルでいえばユーロダンスという部類が一番ハマる気がする。mixiのユーロダンスコミュニティにある各国のアーティストをyoutubeで検索して聞くといいなと感じてしまう。エレクトロなポップとかボーカルトランスが特にいい。あの聞きやすさは日本の曲ではないように思う。
 youtubeは趣味の幅もグローバルにしたと思う。従来であれば、海外の、特にヨーロッパの曲などを知るためにはかなりのハードルがあった。しかし、youtubeによって、たとえばルーマニアとかハンガリーのポップも聞くことができる。それぞれ聞いてみると、どこかその国の味のようなものが出ていて、面白い。

Saturday, November 7, 2009

リラの僧院

僧院はブルガリアの首都ソフィアからバスで3時間ほど行った山の中にある。ブルガリア正教の総本山らしい。行った時は3月3日で、まだ雪も残っていて寒かった。ブルガリアは祝日である。



さっそくきれいな絵の描かれた門がある。









門をくぐっていくと・・・・










立派な建物が!!!








建物の壁や天井はフラスコ画によって埋め尽くされている。色がとても鮮やかで、きれいだった。






東北の田舎のようなどこか懐かしい風景。

揚げパンのようなものを売っている所に行列ができていたので、並んで買ってたべた。


Thursday, November 5, 2009

ハンドメイドおじさん

 トルコにサフランボルという街がある。「サフランボル市街」として世界遺産にも登録されているそうだ。オスマン朝時代からあるそうで、丘の斜面に昔ながらの家が立ち並び、石畳の細い路地が張り巡らされている。朝から鶏が鳴くようなのどかな空気が漂っていた。




ここはハンドメイドが有名らしく、手作りの皮革製品や、布製品を売っている店がたくさんあった。そのなかでも、「ハンドメイドおじさん」というおじさんがいる。彼は、私を見るなりおいでおいでの合図をし、「ハンドメイド」といいながら、革を切り、すすっと編みこんで腕輪をつくって、腕にはめてくれた。なにか買わなければならない感じになってしまったので、2本で10リラで購入。・・・。


 驚いたことに、日本に帰ってから、地球の歩き方09、10を見ていたら、このおじさんの写真が乗っていたのだ!!!笑 他にもネットで検索して、いくつかのブログで見つけた。やはりサフランボルでは有名なおじさんだったのだろうか。。

 この街のお店はみていて面白いのだが、観光客相手の商売なので、距離感が難しい。



 
日曜ということもあり、のどかで、イスタンブルの喧噪から解放され(といっても2日目だったが)いい時をすごせた。

いくらハンドメイドでも著作権は守りましょう!!(笑)


Wednesday, November 4, 2009

自宅で油そば

ネットで検索するといろいろとレシピが出てきたのでつくってみた。

材料
グリコの太麺・・・2袋
ごま油・・・大さじ2
醤油・・・大さじ2
酢・・・少々
ネギ・・・半分
にんにく・・・一片

煮玉子
チャーシュー

まず半熟玉子を作って、醤油につける。その間に、ごま油で、葱とにんにくをみじん切りにしたものを炒める。どんぶりに醤油、酢を入れ、炒めた具と油を注ぐ。ゆでた麺を入れ、混ぜて食べる。

われながらうまかった。焦がしたネギが香ばしくて、いっきに食べきった。またつくろう。


ブカレストでの悪夢

外務省のホームページを見ていて在ルーマニア日本大使館のページを眺めていたらこのような記事があった。

1.ブカレストでは、スリ、ひったくり又はジプシーによる窃盗などにより邦人旅行者が被害に遭う事件が頻発していますが、その中でも発生件数が多い犯罪は、市内の列車駅である「GARA DE NORD(ノルド駅)」付近においてタクシーから高額な料金を要求されるというものです。
2.被害者のほとんどは、ブルガリアやハンガリーから列車でルーマニアに入国した邦人旅行者で、ブカレスト列車駅(ノルド駅)で下車した際に駅の構内でルーマニア人風の男性などから声をかけられています。
その際、犯行グループは「安い宿を紹介してあげる」、「ここはジプシーがたくさんいるから危ない」と親切を装って話しかけ、同グループの仲間が運転手をするタクシーに旅行者を誘導します。
最初彼らは、現金引き下ろし機のある銀行へ旅行者を連れて行きお金を引き下ろさせ、その後、タクシーで市内にある普通のホテルへ連れていき、到着の際高額な料金支払いを要求します。
旅行者は、当国の通貨交換レートが分からないまま料金を支払って、後から高額であったことに気づくということも少なくありません。
なお、このような犯罪は、現金を引き下ろす際に、クレジットカード等をスキミングされるおそれもありますので、十分注意する必要があります。
3.防犯対策等
以下の点に常に留意してください。
(1)人から親切に話しかけられても、相手にせず、不用意について行かないようにする。
(2)ブカレストのタクシーは運転席と助手席のドア面に1kmあたりの値段が表示されており、乗車の前に値段を確認する。
(2008年9月現在は、1kmあたり約1.7~2レイが通常です。また、1レイは約50円です。)
(3)被害者の多くは、列車を降りたすぐ後に狙われていますが、場合により列車内にいる間から接近してくるものもいますので、乗車中も注意する。
(4)いくつかの国を旅行する場合は、事前に訪問予定国の通貨レートを確認しておく。
なお、安ホテルに到着したとしても、ホテルの中で盗難に遭うケースもありますので、行き当たりばったりで宿舎を見つけるようなことはせず、事前に宿泊先を決めてから旅行することをおすすめします


 恥ずかしながら、これはまさに私の体験そのものである。2009年3月5日、ソフィアから夜行列車で早朝のブカレスト、ノルド駅へと着いた。まさにこの文章にあるとおり、電車を降りた瞬間に、駅のホームにいる男に声をかけられた。「どこに泊まるんだ?」と。どう考えてもこんな奴に返事などしてはいけなかった。ただ言い訳をすると、早朝ですこしぼーっとしていたのかもしれない。「Friends Hostelだ」と答えてしまった。するとその男は隣の男を指さし、「こいつはそこのボーイだぜ、つれていってやるよ」と言ってタクシー(というか黄色い車。正規ではない)まで連れていかれ、乗ってしまった。このとき、バックパックをトランクに入れてしまったのも失敗だった。お金持ってるかと聞かれ、持ってないと答えると、両替するように言われた。早朝のため、銀行に行ったが開いてなく、クレジットカードでATMからおろすように言われた。しかし、なにか胡散臭かったので、カードは持ってないと言い張った。さんざん連れまわされたあげく、24時間オープンの両替所で100ユーロを両替した。400Leiだった。
 
 両替が済むとホテルの場所まで連れて行ってくれたのであるが、その間タクシーのメーターがいような速さで上がっていった。ついたときには300Leiとなっていた!!そんな馬鹿な話があるだろうか。タクシーの運転手と言い合い、値下げを試みたが、結局300Leiも支払ってしまった・・・。このときのレートで約10000円である。たかだか市内をぐるぐる走っただけで、しかもルーマニアの物価でそんなにするわけがない。しかもなんとも悔しいのが、実は宿が駅から近かったことである。そもそもタクシーなど全く乗る必要がなかったのである。ルーマニアでの300Leiなどかなりの大金である。あの男たちは毎朝駅のホームでカモを見つけようとしているのだろうか。おそろく何日かぶんの稼ぎだろう。豪遊でもしたのだろうか。非常に悔しい。外国人の学生をあいてにそういうことができる神経が信じられなかった。それと同時に日本にいるということがいかに甘ちゃんであるかということも感じた。日本はいい国だが、それが普通ではなく、特殊なのだということを身をもって実感した。
 
 
 こうしたこともあり、ブカレストの滞在は朝から憂鬱なものとなった。天気も曇りで雨が時折降っており、街も汚く、無駄に広く、建物など全く魅力的でなく、商店も少ないので、歩いていてこんなにつまらない街があるだろうかと感じた。
 





国民の館以外特に見るものもない。昼食には食堂で、ルーマニア名物サルマーレを食べた。まあロールキャベツである。





夜はスーパーでトマト、にんにく、パスタを買い、宿のキッチンで作って食べた。



Saturday, October 24, 2009

ブラショフの宿

ブラショフではKismet Dao Hostelという所に泊まった。2009年の3月6日のことだ。あらかじめHostelworld.comで予約していったのだが、ブラショフの駅に着いたとき、ここの従業員の人が出迎えてくれ、翌日のブカレスト行きのチケットも予約してくれた。


ここの従業員にアリーナさんという人がいる。彼女は18歳の時に日本にきて、7年間働いたがルーマニアに戻ってきたという。おそらく水商売だろう。すごいと思った。岐阜県に住んでいたそうで、バリバリの岐阜弁だった。血液型占いなどについても知っていた。


日本人の宿泊者はあまり来ないので、日本語を使う機会がかなり減っているそうだ。もったいない!ブラショフは個人的にかなり気に入ったので、またいつか訪れたい。

Thursday, October 15, 2009

行きたい国

来年の6月に試験があって、受かったら2次が8月にある。それまでは旅行にいけないだろう。

というわけで、それ以降で大学生のうちに行きたいところをまとめておく

①中国

バイト先の人と一緒にいって長春を案内してもらう。広州にも行きたい。

②タイ、ミャンマー

東南アジアはシンガポールしか行ったことがないので、行きたい。ミャンマーは面白そう。

③南米

中東の旅で出会った何人かに勧められた。雨季のウユニ塩湖はお勧めとのこと。治安は少し悪いが、人々が陽気でたのしいらしい。3週間以上の時間をとって行きたい。

Thursday, October 8, 2009

中東旅行まとめ

以下が2009年8月11日から9月2日までの中東旅行の記録である。

日付
おもな出来事
宿
都市

8/11
到着
Hotel Al-Gawaher
アレッポ
シリア
8/12
アレッポ観光
Cairo Hotel
ハマ
8/13
移動、街歩き
Talal's New Hotel
ベイルート
レバノン
8/14
バールベック遺跡
8/15
ダマスへ移動
Korean House
ダマスカス
シリア
8/16
アンマンへ移動
Mansour Hotel (KODA)
アンマン
ヨルダン
8/17
イスラエル国境越え
Al Arab Hostel
エルサレム
イスラエル
8/18
死海
8/19
嘆きの壁
8/20
ベツレヘム、ヘブロン
8/21
病院
8/22
休養
8/23
移動
Mansour Hotel (KODA)
アンマン
ヨルダン
8/24
ペトラ遺跡
Valenttine Inn
ペトラ
8/25
ワディラムツアー
ワディラム
8/26
移動
Seven Heaven
ダハブ
エジプト
8/27
海でのんびり
8/28
8/29
シナイ山~移動
Safari
カイロ
8/30
ピラミッド
8/31
考古学博物館、イスラム地区
9/1
トルコ航空
9/2
東京


航空機はトルコ航空で11万5000円。早割なので、ハイシーズンにしてはかなり安かった。
発展途上国の暮らしを目の当たりにして、考えることは多かった。また、前回のトルコ東欧めぐりの時の失敗を活かせたことが何よりも収穫であっただろう。

旅ももう終わり。さらばエジプト。


8月31日。朝一で考古学博物館へと向かう。中を一通りみて、ツタンカーメンのお面を見て、ミイラを見る。結構じっくりと見てしまった。ミイラは保存状態がよくてすごいと思う。火葬よりミイラのほうがいいんじゃないだろうか、などと考えていたが、現代の日本だと死体遺棄になってしまうのだろうか。
写真を撮ることができないのが残念である。


午後は、イスラム地区を歩いた。ハーンハリーリの南のスラム街のようなところをずっと歩き、ガイドブックに載っているブルーモスクを探す。

ブルーモスクにはたどり着けなかったが、貧しい庶民の暮らしの風景を見ることができた。それにしても狭くてきたない道を、車やらバイクやら馬車がひっきりなしに通る。子供はかわいい。彼らはずっとここで暮らすのだろうか。もしかしたらピラミッドを見に行ったことがないかもしれない。入場料が彼らにとっては高すぎるだろう。

日没後は街はにぎやかになる。ジュースを配っていて、お前も飲めよといって汲んでくれた。のどが渇いていたのでおいしかった。マンゴーのジューススタンドもあり、一杯1.5ポンドである。すばらしい。そして今日もアイスクリームを食べた。ラマダンも意外といいものである。


そして、9月1日。いよいよ日本へ帰る日が来てしまった。昨日カイロについたヨシくんも空港に用があるというので、一緒に行った。バスステーションでは空港行きのバスがなかなか見つからない。現地の人に聞いても言っていることがバラバラでよくわからない。それでもなんとか空港行きのバスに乗ることができたが、道が渋滞していた。空港ではターミナルが3つもありターミナル1で降りてしまったが、トルコ航空はターミナル3だということで、しかたなくタクシーに5ドルもはらう。トルコ航空はリコンファーム要と書いてあり、電話をしていなかったので、乗れるかどうかドキドキしたが、飛行機はガラガラだった。。。トルコ航空の機内食はなかなか食わせる。トルコ人のおじさんとワインを飲んで話をしたあと、ぐっすりと眠ることができた。

というわけで3週間の中東の旅が終わった。

ピラミッド

8月29の夜11時くらいにカイロに着いた。よくわからないバスターミナルで降ろされたのでタクシーでサファリホテルまでいく。タクヤさんと一緒にタクシーで交渉し、10ポンドで連れて行ってくれることに。途中、運転手がサフィールという別のホテルに向かっていることに気づき、サファリがある通りまで引き返す。運転手は、長く走ったんだから20ポンドだと言い張っていたが、タクシーを降り、10ポンドだけ渡して少し言い合い、宿に向かった。運転手はかなり腹を立てていたが降りたもの勝ちであった。やはり、バックパックはトランクに入れずに、いつでも降りられるようにしておくのが大事である。ヨルダンでの鬱憤を晴らしたような気持でうれしかった。サファリホテルはビルの5階にあり上り下りが大変である。

30日の朝、ギザへむかう。朝マックでもしようかと思ったが、店が開いていない。そう、ラマダンなのだ。ダハブではしっかり朝食を食べることができたので、忘れていた。しかたなく、バスターミナルへ向かう。エジプト人の若者が話しかけてきて、僕もギザに行くから一緒に行こうよという。警戒しながらも一緒に行くことに。彼はセルビスのお金をずっと払ってくれ、ギザについた。彼はラクダ屋で働いているようで、しきりにラクダに乗るように進めてきた。ピラミッド内は距離があるだの、ここでチケットを買ったほうが安いだのいろいろと言ってきたが丁重にお断りした。セルビスのお金を返そうとしたら、受け取ってもらえなかった。というわけで、なんとタダでピラミッドまで来ることができたのだ。ラッキー!!!


相変わらずピラミッドの周りにはラクダ屋がうろうろしている。まさにぼったくりの宝庫である。

昼食はスフィンクスの見つめる先にあるケンタッキーで食べる。空いていてよかった。。。

撮影禁止のところも撮影!警備員にわいろを要求されたが無視でOK。

ピラミッドの周りで、青年に向こうへ行かないかと言われた。。。S○Xできるよと。売春街でもあるのかなと思いつつ聞いていると、boyがたくさんいるよだと・・・・。いやいやお断りですから~というわけで逃げる。

ラマダン中の夜はにぎやかだ。アイスクリーム屋には行列ができている。これで3.5ポンドだから安い!!

シナイ山で御来光!

28日の23時に宿を出発。70ポンド。バスの中で、ヨシ君と知り合う。同い年で、2年で単位を全部取り終えて、授業がないから、世界一周をしているのだそうだ。ヨルダンで転んで腕を骨折して、ギブスで固定していて痛々しい。地名しりとりをしながら登ることに。途中から何でもありで、面白いことをいうしりとりに。途中に売店がある。水を持っていたので買う気はなかったが、何かないかと店主に聞く。ビールはないのかというと、苦笑いして、これだからダハブから来るやつはなどと言っていた。ガイドもあきれた顔をしていた。そういえば聖なる山である。これは不遜な発言をしてしまった。。。

うざいのがラクダ屋である。道のいたるところでラクダが待機しており、わざと道をふさいでるんじゃないかと思うように、巧みに前に割り込んでくる。正直、登っている人の数よりラクダの数のほうが多いんじゃないかと思うほどである。これはコストパフォーマンスが悪いんじゃないだろうか。ベドウィンも夜中に、ほとんどがラクダをスルーする中でこんな仕事をして暮らしていけるのだろうか。謎である。


頂上にて、日の出をまつ。気温はかなり低い。ナイロンのジャージと毛布を持っていったのだが、寒い。ふるえながら眠気と戦う。

まだかまだか・・・そして・・・

キタ ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!

我ながらなんとも神秘的な写真が撮れた。

  • わたしのほかに神があってはならない。
  • あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
  • 主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
  • あなたの父母を敬え。
  • 殺してはならない。
  • 姦淫してはならない。
  • 盗んではならない。
  • 隣人に関して偽証してはならない。
  • 隣人の妻を欲してはならない。
  • 隣人の財産を欲してはならない。

ここでモーセが十戒を授かったのか。

下山はだるい。またもやラクダベドウィンが邪魔をしてくる。。。

入口につくと聖カトリーナ修道院の見学である。といってもオール明けなのでとても見学する気にはなれない。。おまけに狭い入口が一つしかなく、中に入ったもののなかなか出られなかった。。。

15時発のカイロ行のバスを予約したので、14時半に宿をでる。タクヤさんも一緒に行くので心強い。これで、結構一緒に過ごしたリュウくん、お世話になったマコトさんゾノさん、カズヤさんともお別れである。どうもありがとうございました!出会えてよかったです!!