Saturday, June 27, 2009

シリアビザの申請


 シリアビザを申請するためにシリア大使館にいってきた。

日比谷線にのって六本木駅で降り、地上にでるまでにかなり歩く。大使館に行くために予習をしていったのであるが、駅の複雑さにとまどう。外に出てからは、意外と近かった。ネットで調べたととおり、民家のような外観だった。

 大使館に着き、来意を告げてから、中に入ると、4,5人ほどが待っていた。2つのデスクがあり、片方は日本人だった。歩き方を見て、あらかじめ申請書に書くことをまとめておいて、そのとおりに書いたのであるが、もっと詳しく書けだのなんだの、さらにマルチプルでとる理由を書けだのと何度も治すよういわれ、やっと受理された。一週間後に取りに来いと言われた。

 他の日本人も何度も治すように言われて、特に会社員の人はもうひとつ別の書類が必要と言われていた。なんども説明するのも大変だろうし、申請書の書き方の見本とか置けば、受付の人も楽なんじゃないかなと思った。何度も書かせるとクレームをつける人もいるだろうし、どっちにとっても損なんじゃないかと。受付時間も限られているのだし。

 そんなわけで、出発の一か月半前に申請に行くことができた。東京に住んでいてよかった。

Sunday, June 21, 2009

ブルガリア行きのバスチケットを購入するのも一苦労


 3月1日、午前中はイスタンブールの新市街を歩き、午後はすることがないので、tree of lifeにもどって、管理人や宿泊客と話をする。7時半に宿をでて、オトガルにつく。昨日ソフィア行きのチケットを買っておいたので、その167番のオフィスに行った。オフィスにはおじいさんがいて、なにか困った顔をしている。そして、時刻表を指さして、「プロブレム」といって、明日の朝に出発する時刻を指さしてきた。ジェスチャーで、上の階で寝ていいから、寝て待てといっているようだった。こっちは急ぐ旅なので、そんなの待ってられるかと思い、Metro(大手バス会社)で買うから金返せというようなことを伝えると、払い戻しはここのオフィスにいけと言って132番と書いた紙を渡してきた。どうやらこのオフィスでは、お金を扱っていないらしい。その番号に書かれたオフィスに行くと、「ここではないよ、このチケットは167にいけ」といってきた。おじいさんが勘違いしているのかと思い、また167にもどって132ではないことを説明しようとしてもうまく伝わらない。おじいさんもだんだん怒ってきて、こっちも強気で金返せといった。埒が明かないので、おじいさんが財布から金を出したので、それとチケットを交換した。明らかに少なかったが・・・。

 Metroのオフィスを探していると、おっさんが「ソフィア?」と聞いてきた。そうですと答えると、案内しようとしていた。この手の男は今回の旅でかなり出会った。勝手に案内して、金を要求するのだ。以前は小銭が1リラとあとは高額紙幣しかなかったので、1リラだけ渡して、それしかないことを告げた。男は悔しそうにしていた。さて、Metroのオフィスに案内してもらい無事にソフィア行きのチケットを買うことができた。いよいよ予定どおりブルガリアへと出発することができる。

Saturday, June 20, 2009

イズミルを歩く


 2月27日、10:30にパムカッレをでて、デニズリのオトガルを経由し、イズミルのオトガルについた。はじめここでも一泊しようと思っていたが、ビジネスホテルしかないようなので、10時発のイスタンブール行きのバスのチケットを買い、荷物を預け、街の中心部へとむかった。イズミルの街はヨーロッパの都市のようだった。

 
 ロンプラにカディフィカレという城跡があると書いてあり、特に暗くなった帰りはバスに乗るようにと書いてある。とにかく、あまりお金を使いたくないので、歩いていくことにした。途中までは道に案内が出ていたが、遠くから見てわかるようなものではないので、一向に場所がわからない。細い道に入ると、住宅街だった。歩いていると石段の所に座っている2人組の小学校高学年くらい(かな?)の女の子に声をかけられた。ロンプラの地図を見せて、ここに行きたいんだというようなことを伝えると、「案内してあげるよ、ついてきて」と言っているようだった。一緒に歩いていると道で遊んでいる子供たちが興味津々にこちらを見てくる。途中小学校の前を通った時も、彼女たちの友達らしき子供に、一緒に来ないかと聞いているようだった。左の子は落ち着いた感じなのであるが、右の子はお調子者といった感じで、道中、「マニー、マニー」、「ス!(水のこと)」、「シガラ!」と僕に何かくれとずっと言っていて、それを左の子がなだめている感じだった。僕は言葉が通じないふりをしてやりすごした。




 カディフィカレの城跡は崩れた石垣のほかに特になにかあるわけでもなく、公園といった感じだった。ベンチに座り、まだ何かせがんでくるので、リュックの中にちょうどチョコレートが入っていたので、それをあげて満足してもらった。左の子は受け取らなかった。写真を撮ったりしていると、警察官がやってきて、英語で「何か危険なことはされなかったか」と聞いてきて、ついてくるように言われた。しょうがないので、女の子たちにさよならを言い、警察官についていった。警察官はバス停まで連れて行ってくれて、これに乗って街の中心まで行くようにいってくれた。


 街の中心からこの遺跡までの間の住宅街はあとから考えればスラム街のような雰囲気だった。おそらく観光客が通ると、スリや強盗などがあるのかもしれない。なにか危ない目に合わなかったことは幸運だったのだろう。しかし、首都や主要都市ばかりをめぐる旅をしていると、観光地ばかり歩いて、現地の人の暮らしというものに触れる機会は少ない。道で遊んでいる子供たちや生活感のある街並みはどこか懐かしいような気もした。彼女たちにとってはそれが日常の暮らしで、いつもと同じように道にいたのかもしれない。そうした日常を少し見ることができたという点で、イズミルにも寄っていってよかったなと思った。

Thursday, June 18, 2009

中東旅行への準備

 8月11日から3週間、中東を旅行する予定である。
トルコ航空でシリアのアレッポから入って、エジプトのカイロOUTだ。
航空券はネットで¥115,150で買うことができた。機内食もおいしいトルコ航空である。

 中盤には、今まで出会った、バックパッカー達が皆口にするほど入国審査が厳しいとされる、イスラエルも訪れるつもりである。行くからには聖書を読むことはもちろん、パレスチナ問題についてさまざまな角度から書かれた本を読んでイスラエルという国の持つ特殊性を自分の肌で感じ、考えられたらなと思う。

 ユダヤ人の迫害という事に初めて触れたのは小学校1年のときで、家族でドイツ、オランダ、ノルウェーを旅行したときに、オランダのアムステルダムにあるアンネ・フランクの家を訪れたときだ。それから去年の夏、ハンブルクのノイエンガンメとポーランドのアウシュビッツの強制収容所を訪れた。展示を見たときは言葉に詰まる思いだった。ホロコーストの悲惨さが語られるのを聞いたことは何度もあったが、それらは世界史の教科書に書いてあることと同じくらい自分とは離れた関係のないものだった。しかし、これらの場所に足を踏み入れ、展示されている説明を読みながら収容所の跡を見て、ユダヤ人迫害の歴史というものを少し近づいて感じた。

 しかしながら、現在イスラエルという国家を考えたときに、その存在の正統性は、「ユダヤ人の悲劇の歴史」だけでは担保されないだろう。パレスチナ難民も、分離壁によって隔離された中で、抑圧されながら生活しているという。こうしたことについて詳しく調べ、問題の解決について考えたい。
 

Wednesday, June 17, 2009

「トルコクレジットカード問題」解決!

 2/20から3週間かけて、トルコと東欧の諸国をまわり、ウィーンまで行った旅で、日本に帰ってきてから発覚した事件があった。

 イスタンブールのとある旅行代理店で、カッパドキア、パムッカレのツアーを申し込んだ時、手持ちのキャッシュが少なかったため、クレジットカードで支払ったのであるが、そのときはじめに使おうと思って使えないよと言われたライフカードに2500ユーロ(約30万円)の請求が来ていたのだ。旅行代金は別のカードできちんと支払ったし、領収書もある。この請求書は帰宅後すぐにライフカードのホームページで確かめたときに気づいたので、まだ引き落とされる前であった。すぐにライフカードに電話し、不正に利用されたことを訴え、引き落とされるのは調査が終わるまで保留ということになった。

 後日カード会社が代理店からもらった請求書のコピーを見ると、私の名前、住所、パスポート番号などが書かれた紙に、2500ユーロと書いてあった。彼等はこれが署名だと言い張っているらしい。
この紙は、申し込むときに名前や住所を書くように求められた時に書いたものに後から金額を付け足したらしい。住所を書く際に「書く必要あるのか」と聞いたときに代理店のオバハンは「クリスマスカードを送るわ」と笑いながらいっていた。そのときは「ああそう」と思いながらその書類に書いていった。
 
 ライフカードでスリットしたときに、すでに2500ユーロで打ち込んでいたにも関わらず、のうのうと「このカードは使えないわ」と言っていたということだ。この代理店でのツアーは今考えると非常に高いものだった。私は観光1日目で、イスタンブールの街で絨毯商人に店でチャイを何杯もごちそうしてもらい、そのとき紹介してもらった代理店だった。油断していたというのもあるし、物価もいまいちよくわかっていなかったので、「値切る」という基本的なことをしなかった。それでナメられたということもあるだろう。絨毯屋の紹介であるから、彼らのマージンも含まれているはずだ。
 
 とにかく、今日、ライフカードから不正利用として返品の受け入れになったと伝える書類が届いた。発覚して電話をしてから約3か月だった。代理店側がごねて長引いたのだろうか。とにかく解決して心のしこりが一つとれた。一ついい勉強になったといえるだろう。
 

Tuesday, June 16, 2009

ブログスタート。日々の考察や、旅の記録などを書いていけたらと思う