Saturday, October 24, 2009

ブラショフの宿

ブラショフではKismet Dao Hostelという所に泊まった。2009年の3月6日のことだ。あらかじめHostelworld.comで予約していったのだが、ブラショフの駅に着いたとき、ここの従業員の人が出迎えてくれ、翌日のブカレスト行きのチケットも予約してくれた。


ここの従業員にアリーナさんという人がいる。彼女は18歳の時に日本にきて、7年間働いたがルーマニアに戻ってきたという。おそらく水商売だろう。すごいと思った。岐阜県に住んでいたそうで、バリバリの岐阜弁だった。血液型占いなどについても知っていた。


日本人の宿泊者はあまり来ないので、日本語を使う機会がかなり減っているそうだ。もったいない!ブラショフは個人的にかなり気に入ったので、またいつか訪れたい。

Thursday, October 15, 2009

行きたい国

来年の6月に試験があって、受かったら2次が8月にある。それまでは旅行にいけないだろう。

というわけで、それ以降で大学生のうちに行きたいところをまとめておく

①中国

バイト先の人と一緒にいって長春を案内してもらう。広州にも行きたい。

②タイ、ミャンマー

東南アジアはシンガポールしか行ったことがないので、行きたい。ミャンマーは面白そう。

③南米

中東の旅で出会った何人かに勧められた。雨季のウユニ塩湖はお勧めとのこと。治安は少し悪いが、人々が陽気でたのしいらしい。3週間以上の時間をとって行きたい。

Thursday, October 8, 2009

中東旅行まとめ

以下が2009年8月11日から9月2日までの中東旅行の記録である。

日付
おもな出来事
宿
都市

8/11
到着
Hotel Al-Gawaher
アレッポ
シリア
8/12
アレッポ観光
Cairo Hotel
ハマ
8/13
移動、街歩き
Talal's New Hotel
ベイルート
レバノン
8/14
バールベック遺跡
8/15
ダマスへ移動
Korean House
ダマスカス
シリア
8/16
アンマンへ移動
Mansour Hotel (KODA)
アンマン
ヨルダン
8/17
イスラエル国境越え
Al Arab Hostel
エルサレム
イスラエル
8/18
死海
8/19
嘆きの壁
8/20
ベツレヘム、ヘブロン
8/21
病院
8/22
休養
8/23
移動
Mansour Hotel (KODA)
アンマン
ヨルダン
8/24
ペトラ遺跡
Valenttine Inn
ペトラ
8/25
ワディラムツアー
ワディラム
8/26
移動
Seven Heaven
ダハブ
エジプト
8/27
海でのんびり
8/28
8/29
シナイ山~移動
Safari
カイロ
8/30
ピラミッド
8/31
考古学博物館、イスラム地区
9/1
トルコ航空
9/2
東京


航空機はトルコ航空で11万5000円。早割なので、ハイシーズンにしてはかなり安かった。
発展途上国の暮らしを目の当たりにして、考えることは多かった。また、前回のトルコ東欧めぐりの時の失敗を活かせたことが何よりも収穫であっただろう。

旅ももう終わり。さらばエジプト。


8月31日。朝一で考古学博物館へと向かう。中を一通りみて、ツタンカーメンのお面を見て、ミイラを見る。結構じっくりと見てしまった。ミイラは保存状態がよくてすごいと思う。火葬よりミイラのほうがいいんじゃないだろうか、などと考えていたが、現代の日本だと死体遺棄になってしまうのだろうか。
写真を撮ることができないのが残念である。


午後は、イスラム地区を歩いた。ハーンハリーリの南のスラム街のようなところをずっと歩き、ガイドブックに載っているブルーモスクを探す。

ブルーモスクにはたどり着けなかったが、貧しい庶民の暮らしの風景を見ることができた。それにしても狭くてきたない道を、車やらバイクやら馬車がひっきりなしに通る。子供はかわいい。彼らはずっとここで暮らすのだろうか。もしかしたらピラミッドを見に行ったことがないかもしれない。入場料が彼らにとっては高すぎるだろう。

日没後は街はにぎやかになる。ジュースを配っていて、お前も飲めよといって汲んでくれた。のどが渇いていたのでおいしかった。マンゴーのジューススタンドもあり、一杯1.5ポンドである。すばらしい。そして今日もアイスクリームを食べた。ラマダンも意外といいものである。


そして、9月1日。いよいよ日本へ帰る日が来てしまった。昨日カイロについたヨシくんも空港に用があるというので、一緒に行った。バスステーションでは空港行きのバスがなかなか見つからない。現地の人に聞いても言っていることがバラバラでよくわからない。それでもなんとか空港行きのバスに乗ることができたが、道が渋滞していた。空港ではターミナルが3つもありターミナル1で降りてしまったが、トルコ航空はターミナル3だということで、しかたなくタクシーに5ドルもはらう。トルコ航空はリコンファーム要と書いてあり、電話をしていなかったので、乗れるかどうかドキドキしたが、飛行機はガラガラだった。。。トルコ航空の機内食はなかなか食わせる。トルコ人のおじさんとワインを飲んで話をしたあと、ぐっすりと眠ることができた。

というわけで3週間の中東の旅が終わった。

ピラミッド

8月29の夜11時くらいにカイロに着いた。よくわからないバスターミナルで降ろされたのでタクシーでサファリホテルまでいく。タクヤさんと一緒にタクシーで交渉し、10ポンドで連れて行ってくれることに。途中、運転手がサフィールという別のホテルに向かっていることに気づき、サファリがある通りまで引き返す。運転手は、長く走ったんだから20ポンドだと言い張っていたが、タクシーを降り、10ポンドだけ渡して少し言い合い、宿に向かった。運転手はかなり腹を立てていたが降りたもの勝ちであった。やはり、バックパックはトランクに入れずに、いつでも降りられるようにしておくのが大事である。ヨルダンでの鬱憤を晴らしたような気持でうれしかった。サファリホテルはビルの5階にあり上り下りが大変である。

30日の朝、ギザへむかう。朝マックでもしようかと思ったが、店が開いていない。そう、ラマダンなのだ。ダハブではしっかり朝食を食べることができたので、忘れていた。しかたなく、バスターミナルへ向かう。エジプト人の若者が話しかけてきて、僕もギザに行くから一緒に行こうよという。警戒しながらも一緒に行くことに。彼はセルビスのお金をずっと払ってくれ、ギザについた。彼はラクダ屋で働いているようで、しきりにラクダに乗るように進めてきた。ピラミッド内は距離があるだの、ここでチケットを買ったほうが安いだのいろいろと言ってきたが丁重にお断りした。セルビスのお金を返そうとしたら、受け取ってもらえなかった。というわけで、なんとタダでピラミッドまで来ることができたのだ。ラッキー!!!


相変わらずピラミッドの周りにはラクダ屋がうろうろしている。まさにぼったくりの宝庫である。

昼食はスフィンクスの見つめる先にあるケンタッキーで食べる。空いていてよかった。。。

撮影禁止のところも撮影!警備員にわいろを要求されたが無視でOK。

ピラミッドの周りで、青年に向こうへ行かないかと言われた。。。S○Xできるよと。売春街でもあるのかなと思いつつ聞いていると、boyがたくさんいるよだと・・・・。いやいやお断りですから~というわけで逃げる。

ラマダン中の夜はにぎやかだ。アイスクリーム屋には行列ができている。これで3.5ポンドだから安い!!

シナイ山で御来光!

28日の23時に宿を出発。70ポンド。バスの中で、ヨシ君と知り合う。同い年で、2年で単位を全部取り終えて、授業がないから、世界一周をしているのだそうだ。ヨルダンで転んで腕を骨折して、ギブスで固定していて痛々しい。地名しりとりをしながら登ることに。途中から何でもありで、面白いことをいうしりとりに。途中に売店がある。水を持っていたので買う気はなかったが、何かないかと店主に聞く。ビールはないのかというと、苦笑いして、これだからダハブから来るやつはなどと言っていた。ガイドもあきれた顔をしていた。そういえば聖なる山である。これは不遜な発言をしてしまった。。。

うざいのがラクダ屋である。道のいたるところでラクダが待機しており、わざと道をふさいでるんじゃないかと思うように、巧みに前に割り込んでくる。正直、登っている人の数よりラクダの数のほうが多いんじゃないかと思うほどである。これはコストパフォーマンスが悪いんじゃないだろうか。ベドウィンも夜中に、ほとんどがラクダをスルーする中でこんな仕事をして暮らしていけるのだろうか。謎である。


頂上にて、日の出をまつ。気温はかなり低い。ナイロンのジャージと毛布を持っていったのだが、寒い。ふるえながら眠気と戦う。

まだかまだか・・・そして・・・

キタ ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!

我ながらなんとも神秘的な写真が撮れた。

  • わたしのほかに神があってはならない。
  • あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
  • 主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
  • あなたの父母を敬え。
  • 殺してはならない。
  • 姦淫してはならない。
  • 盗んではならない。
  • 隣人に関して偽証してはならない。
  • 隣人の妻を欲してはならない。
  • 隣人の財産を欲してはならない。

ここでモーセが十戒を授かったのか。

下山はだるい。またもやラクダベドウィンが邪魔をしてくる。。。

入口につくと聖カトリーナ修道院の見学である。といってもオール明けなのでとても見学する気にはなれない。。おまけに狭い入口が一つしかなく、中に入ったもののなかなか出られなかった。。。

15時発のカイロ行のバスを予約したので、14時半に宿をでる。タクヤさんも一緒に行くので心強い。これで、結構一緒に過ごしたリュウくん、お世話になったマコトさんゾノさん、カズヤさんともお別れである。どうもありがとうございました!出会えてよかったです!!

ダハブでの生活


8月27、28とダハブで過ごした。朝起きて10ポンドの朝食を食べに行き、シュノーケルを40ポンドで購入し、海に入る。顔をつけると、そこにはサンゴ礁が広がる。そして、魚もたくさんいる!!!なんときれいな海だろうか!!ダハブは世界一安くダイビングのライセンスがとれるそうだ。時間があるときに是非ともとりたいものである。ここへ来るために、あらかじめデジカメ用の防水パックを買っておいたので、水中の写真を撮ることができた。


まさに楽園である。ただ、ダイビングをしないと宿にいるグループに溶け込みにくいし、泳ぐか、だらだらするか、飯を食うかくらいしかすることがない。


2日目にはステーキを食べた。これまたうまい。12ドルもするが。。。28の夜にはシナイ山でご来光ツアー行きのバスに乗る。

Thursday, October 1, 2009

ダハブへ

 8月26日、砂漠で目覚める。テントのなかで朝食を食べ、4WDに乗って最初のオフィスまで戻る。アカバへ行くためには前日にタクシーの予約をしなければならなかったのであるが、しそこなう・・・。すると若いあんちゃんが車に乗れよ、といった。トヨタの4WDで新しく、かなり活かした車だった。しかし車内音楽はおきまりのアラブポップだったが・・・。 さてこのあんちゃんは連れて行ってもいいけど35JDだという。タクシーは20JDだろというと、この車は普通の車よりエンジンがでかいなどとほざく!ケチだな!タクシーを呼んでもこの時間では35JDだという。「どうする?」といいながらも車はどんどん進んでいく。タクシーを交渉することにして、電話してもらい、30JDで話をつけた。30JDをあんちゃんに払って、交差点まで行くと、セルビスが待っていた。これでアカバの港まで連れて行ってくれるらしい。運転手は途中から港までは5JDだなどと言ってきた。いやいやさっきあんちゃんに全部払ったからと英語で言って少し口論になる。おっさんは「ジャパン!」とか「ナカザワ!」と言って気を引こうとしてきたが、タクヤさんが「シカトしといたらええんじゃ」というので、おっさんの言うことは完全に無視することに。なんとか港で降ろしてもらうことができた。2人だったので1人15JDもかかってしまった。それにしても観光地のくせに公共交通機関でつながっていないとはどういうことだろう。ワディラムの朝など街へ行く人が一定数いるのだからバスぐらい用意してもらいたいものである。ペトラにしろワディラムにしろ、外人向けで現地の人が行かないからぼったくりプライスなのだろうか。



 さて、アカバの港に着くと、カズヤさん、マコトさんゾノさんと再会した。ヌエバア行きのフェリーのチケットを買い、デューティフリーでビールを買ってヨルダンディナールを使いつくす。港であるにもかかわらず海がきれいである。さすが紅海。船は遅れるという話だったが、ほぼ時間どおり出発。




2時間ほど船に乗り、降りるとそこはエジプト。刺すような日差しである。港のイミグレの荷物検査の所にはたくさんの段ボールを積んだアラブ人たちがうじゃうじゃいてまさにカオスであった。15ドルのビザを購入し、バスターミナルへ行く。ダハブ行きのセルビスが一人20ポンド(約400円)。5人くらいのスロベニア人も一緒だった。旅先で会うのは珍しい国だ。



ダハブに着き、セブンヘブンに泊まる。トリプルの部屋をタクヤさん、カズヤさんとともにシェア。ひとり20ポンド。朝から何も食べてなかったので、夕食を食べに行く。ダハブは海岸沿いにレストランが立ち並ぶ。どこでも海を見ながらのんびりとできる。






ニモというレストランでは交渉すれば、20ポンドでメロンジュースと、前菜のナンとメインの魚かチキンと、デザートのスイカwithアイスクリーム、さらに食後のティーまでつく。メニューに書いてある値段より格段安い。おそらくこの旅の中で一番おいしい飯であった。

夜はカズヤさんと一緒にビールを飲みまくった。