Friday, February 26, 2010

ふくちゃん

博多二日目の夜は、焼き鳥を食べた後、博多駅近くのふくちゃんへ。ふくちゃんのラーメンは以前、新横浜ラーメン博物館で食べたことがあった。このお店も入るなり、豚骨の匂いがした。ラーメンをバリカタで注文し、にんにくを3片いれ、食べる。さらに焼替え玉を注文。ぱりぱりして新しい食感だったが、普通に替え玉にしたほうが良かったかも・・・。チャーシューがおいしかった。なんだかんだ、博多はラーメン天国だった。。

Thursday, February 25, 2010

軍艦島、行くも上陸できず。

 博多2日目は朝7時30分の特急かもめに乗り、長崎まで行った。なぜこんなに早いかといえば、端島、通称軍艦島の上陸ツアーに参加するためである。
 この島は炭鉱の町として多くの労働者が移住して、日本初の鉄筋コンクリートの集合住宅ができて、一時はかなり高い人口密度で、生活水準も高かったそうだが、エネルギー源が石炭から石油へ移行するとともに、人口が減り、無人島になったそうだ。
 元船桟橋というところに集合し、50人乗り程の船に乗った。船長はなんと女性だった。しなやかさとともにたくましさを感じた。このツアーは軍艦島出身者の坂本さんがガイドをしてくれるツアーだ。

天気は晴れていて、波も穏やかだったが、彼は、まだ上陸できるかどうかわからないと言っていた。
島のそばまで30分ほど船に乗った。島のそばに来ると波でかなり揺れた。ロープで結ぼうとしていたが、ロープが切れて、結局上陸できなかった。坂本さんいわく上陸できないのは3割くらいらしい。

上陸はできなかったが、となりの高島で坂本さんの解説を聞いた。今は島に緑が生い茂っているが、人がいた時は公害の島で木がなかったらしい。その話を聞いてナウシカを思い出した。
この島は人がいなくなった後、廃棄場にするという案もあったらしい。ふるさととしての端島を残すために「世界遺産にする会」を立ち上げたのだと、最後に坂本さんは言った。

 あまり軍艦島のことも知らずに行ったのだが、日本の近代化を支えた街の一つとしてこのような島があってそこで人が暮らしていたのだという事実を知ることができてよかった。またいつか訪れて次は上陸したいものである。

大砲ラーメン

 博多初日は、樫尾先生の勧めもあり、もつ鍋を食べた後に、西鉄の天神駅からすぐ近くにある大砲ラーメンを訪れた。店の中に入るなり、豚骨をゆでる匂いがする。この匂いは、釜山のデジクッパの店でかいだ匂いと同じだ。文化の連続性を感じた。

細めんのオーソドックスな豚骨ラーメンだ。豚骨ラーメンの発祥は久留米だそうで、本店も久留米だそうだ。東久留米のとなりに住む者として、久留米も行くべきだったかもしれないが今回は行けず。。。

ラーメンにはやはりにんにくを入れるに限る。東京でも一蘭や一風堂など、博多ラーメンを食べられる店はたくさんあるが、店中豚骨くさい店で食べるのは博多でなければできないだろう。

Monday, February 15, 2010

ラーメン二郎 高田馬場店

先週は二郎に行くことができなかったので、予備校の自習室にいくついでに、二郎を食べに行った。並んでいるのは6人ほどで、比較的すぐに入ることができた。
ラーメンドカ盛り やさい・にんにく・唐辛子 730円

三田やひばりに比べて高いが、おいしく、これぞ二郎というべきボリュームであった。

しかし、勉強前に食べるものではない・・・

Friday, February 5, 2010

謎の折り鶴女

その女は新宿駅南口広場にいた。
「折り鶴をおってください」
その言葉に折り鶴の達人である私の耳が反応した。
「折ります」と言ってしまったのだ。
女は小さな折り紙を差し出してきたので、得意の鶴を折り始めた。高校時代は授業中に折りまくっていたのだ。
女はなにやら、広島や長崎について語りだしたのであるが、慰霊碑にささげる千羽鶴とは違うようで、何か必死に訴えるように語っていたが、意味不明だった。被爆者が折った鶴がどうのこうの言っていた気がする。論理一貫性がまるでないのだ。というわけで何を言っていたのかあまり思い出せないが、途中からやばいと思ったので、折り終わった鶴を渡したのであるが、名前を書くように言われた。時間がないのでちょっともう行きますと言うと、書かないならいらないといわれ鶴を手渡された。
返されても、といった感じである。
持っていても気味が悪いので、駅の証明写真の椅子の上に置いてきた。
一体彼女は何者なのだろう。明日も同じ場所にいるのだろうか。。。