Saturday, September 17, 2011

朝日、そしてアンコール遺跡群巡りのサイクリング・前編

アンコール二日目は、日の出を見に行くため、4時半ごろ起床した。前日夕方に寝てしまったため、そこまでつらくはなかった。宿をでて、まだ薄暗い道をあるくと、2人のバイカーが、乗らないか?というので、交渉し、一人2ドルでアンコールワットまで。
アンコールワットにつくと、ちょうど日がでるところだった。なんともきれいに映っている。

 


中に入ると、人であふれていた。こんなにいるのかというほど日本人のパックツアーらしき人々がいた。

 

朝なので托鉢僧があるいていた。高校時代の野球の朝練をおもいだす。

朝日を見終えた後は、朝食を食べるべく一度宿にもどった。途中で下してもらい、宿の近くの現地の人が食べている朝食屋台に挑戦した。店員は宮里藍に似ていた。鳥スープにビーフンが入っている。パクチーがなければもっとよかったのだが。。。


 


朝食後は宿で自転車を借り、アンコールトムへと向かった。トムまでは8キロくらいである。途中、道沿いにも遺跡があり、立ち寄った。自転車だと思うままに遺跡が見れるのでよい。

 

いよいよアンコールトムに入る。中心のバイヨンに向かう途中、象がいた。こんなに近くで見るのは初めてである。

 

そしてこれがアンコールトムの中心、バイヨンである。アンコール遺跡群の中でも群を抜いているように思う。形がなんとも絵になるのだ。

 

 


Thursday, September 15, 2011

アンコールワット初日

タイ―カンボジア国境のタイ側の街・アランヤプラテート行きのバスに乗っている間、外は一時大雨が降ったりもしていた。外が明るくなり、ここがアランヤプラテートだ、といっておろされたのは7時半くらいだっただろうか。ここからタイの出国まで行かなくてはならない。よくわからなかったので、トゥクトゥクにのってしまったが、歩いて行ける距離ではあった。
国境の近くに着くとオフィスの前でおろされ、カンボジアのビザをここで取っていけといわれた。値段はいくらだか忘れたが、カンボジアビザ20ドルよりも1000円くらい高い設定だったような気がする。カンボジア側で取ると時間がかかるだのなんだのといってここで取得することをすすめてくる。バーツなんか持ってないと言っても、ATMでおろせという。何も情報を持っていなかったら、まんまとここで取得してしまっていたかもしれない。カンボジア側でも取れるということを調べていたので、そのまま国境まで歩くことにした。すると、国境付近で集まっている怪しげな人たちのなかから日本語をしゃべれる男がついてきた。勝手に案内して後でチップ請求する輩なんだろうなぁと思いつつ、もういいよ来るなよとも言えず、あまり話さないようにすることにした。タイ側のイミグレをなんなく抜け、橋をわたると、アンコールワットを模した門があった。

さらに歩くと、カンボジアのビザ発給所があるのだ。男は20ドル+100バーツだ、といい払わないと3時間くらいかかるよと言っていた。中にはいると、ガラスの窓には、VISA20ドルと書かれているのに、係員は20ドル+100バーツと書かれた紙を指さしている。とはいえ、20ドルと書いてあるので、そのままパスポートと20ドル札だけ係員に差し出した。座って待っていたが、VISAは10分もしないうちに発給された。100バーツ払わないと時間がかかるなど大嘘である。
やはり正しい情報をあらかじめ知っておくというのがいかに大事なことであるのかを実感した。金もうけは、情報の非対称性を利用するのであるからだ。思えば中東に行ったときもバスターミナルの手前にいるタクシードライバーは、「今日はバスは休みだからタクシーに乗れ」などと嘘をついていた。
ビザを難なくゲットし、無料のシャトルバスにのって少し離れたターミナルへといった。ここからシェムリアップまで乗合タクシーなりが出ているのである。なるべく大人数でシェアしようと思ったが、他にコリアンの3人組だったので、2人で乗るしかないようだった。値段は一人20ドルだった。これはちょっとぼられた。ピックアップトラックを待った方がよかったかもしれない。
宿は初めに連れてかれたところに決めてしまった。面倒だったし、西洋人も泊っていたので。チェックイン後、すぐにアンコールワットへ向かった。トゥクトゥクで半日8ドルだった。
途中チケット販売所でアンコールワットのチケットを買った。三日券は40ドルだ。webカメラみたいなもので写真をとり、すぐに写真入りのチケットが発行された。


 

堀の向こう側にアンコールワットの建物が見えると思いつつも、まずは腹ごしらえをしなければということで、隣接するレストランに行った。中華料理が多い店で、ビールと牛肉炒めとタイカレーを注文した。
 

その後、ついにアンコールワットへと入った!



まずは橋を渡り、門をくぐり、そして中の神殿へと向かう。あいにく、補修中でブルーシートがかけられており、完全な姿を拝むことはできなかった。

 

敷地の中にもお土産屋があり、象牙がそのまま売っていた。


 

出家中の少年達もいた。あまり徳があるようには見えない。いたずら坊主といった感じである。

 

 

この日はかなり良い天気で、日の当たるところにいると暑くてへばってしまうのでところどころ腰かけて休憩しながら回った。ただ、あまり寝てない疲れか、一回宿に戻って休んでから日没を見に行くつもりだったが、夕食も食べずそのまま翌日の朝まで爆睡だった。。。



Thursday, September 8, 2011

2011夏・東南アジア旅行スタート

8月13日、16時55分発のタイ航空でバンコクへとむかった。今回の旅の往復チケットはANAのマイルをためて得た特典航空券である。そのため、移動に飛行機も使っていろいろ行こうと思い、ミャンマーに行くチケットや、シンガポールからバリに飛ぶチケットをあらかじめネットで購入してある。
また今回は、初めの5日間は彼女と一緒の旅行だった。アンコールワットに一緒に行くのである。


アンコールワットのあるシェムリアップに陸路で行くには、いくつか行き方があって、カオサンからのツアーバスや5時半からアランヤプラテートに行く電車に乗るなどがあるが、ネットでいろいろ調べたところ、モイチットという北バスターミナルから朝の3時半からでるバスでアランヤプラテートに行くと、その日のうちにアンコールワット見学ができるということで、それで行くことにした。
スワンナプーム国際空港につき、まずは街に出て時間でもつぶそうということで、電車でパヤタイ駅まで行き、タクシーでサラディーン駅まで行った。彼女が今タイに住んでいるという高校時代の友人に電話をすると、サラディーン駅まで来てくれるという。ケンタッキーで落ち合い、マッサージ店に行きたいことを告げると、駅の近くの小奇麗なマッサージ店に連れて行ってくれた。足裏のマッサージ1時間で250バーツ(約700円)であった。マッサージが終わり、彼女の友人が書いてくれたモイチット行きのメモを手に、タクシーに乗った。ターミナルまでは345バーツであった。ターミナルに着いたのは2時半だった。出発まではまだ一時間もある。バス会社の窓口もまだ空いていない。することもないので、椅子にすわってうとうとしながら窓口が空くのをまった。
 3時15分くらいだっただろうか。窓口が開き、アランヤプラテート行きのチケットを購入した。212バーツだった。やっと寝ることができると思い、バスに乗るとすぐに眠りについた。

Saturday, June 11, 2011

石巻ボランティアその3

ボランティア2日目は、前日のお宅の庭のごみを集めた後、別のお宅へ伺い、畑仕事だった。お宅の敷地内にある畑の上にたまったヘドロを土嚢袋に入れて、運び出すのである。日陰で作業した前日と異なり、太陽が照りつける中での作業であった。









この現場から少し歩いたところに、車の墓場のようなところがあった。集めたのかわからないが、津波で無残にひしゃげた車がずらりと並んでいた。塗装が剥げたところはさびている。
 

 

車も、鍵がかかっていて中に上着やコンビニの袋が入っているものがあった。
作業は3時半には終え、皆で、温泉に行き、高速をすっ飛ばして、10時半には我孫子駅についた。

ある程度予想していたことでもあったのだが、石巻専修大学でのキャンプは、海外の日本人宿のような雰囲気であった。いろいろな立場の人が集い、夜はご飯を作り、酒を飲みかわすのである。日常の生活の中では、もしかしたらどこかですれ違っているかもしれないが出会うことはおそらくないであろう人たちと、交流できるのである。ターナーの言うところのコムニタスといってもいいかもしれないが、日本人宿と違って、ヘドロ取りという「よきこと」をしている分、楽しいだけではない充実感もあるのだ。

Tuesday, June 7, 2011

石巻ボランティアその2

 石巻専修大学では、広大な敷地の一部を、ボランティア活動の人々のために提供している。各自がテントを立てて滞在しているのだ。
 

朝の8時15分になると、ボランティアセンターで受付が始まる。新規の人は、登録し、継続の人も名前を書くのである。どのような仕組みかは分からないが、名前を書くだけの保険も加入させられる。
 

ボランティアセンターでも仕事の斡旋をしているのであるが、上手く回っていないようである。今回は、ボランティアで、被災地の人々のニーズを聞いて、独自にコーディネートしている、クマさんという方を通じて作業するお宅へと伺った。

 

4日の日に伺ったお宅では、おもに、床下のヘドロを取り除くという作業を行った。薄い板ですくい上げるように掘ると、少し固まったタイルのようなヘドロがめくれ上がる。それを、土嚢袋に詰めて、外に出すのである。土嚢袋はすぐにいっぱいになるし、6割くらい入れただけで、ずいぶんと重たくなる。結構な重労働であった。

 

昼休みの時に散歩をしてみると、電車が線路から落ちていたり、車が田んぼの中にあったりといった光景が見られた。

4時には作業が終わり、家主の奥さんはとても喜んでいた。役に立てて何よりである。その後、被害のひどかった地域を見に行った。

 

 

 

 

川沿いのところは、一階部分が柱だけになっている家や、土台しか残ってないといった有様だった。山の木々もなぎ倒されている。

その後、自衛隊が無料で提供しているお風呂にはいり、キャンプへと戻った。続く