Sunday, November 29, 2015

カルバラー巡礼断念の顛末

 「イラクに行く」と言うと、頭がおかしいと思われるかもしれない。しかし、(クルド人自治区は安全だし、空路なら行くことができる、という話は置いといて、)シーア派の聖地カルバラーには、フセイン政権の崩壊以後、イランやその他シーア派の人々が訪れている。とりわけアシュラーから40日目のアルバインの日にはとりわけ多くの人が巡礼する。昨年はイラン政府が国境を開放したということもあり、200万人以上が訪れたと言われている。知り合いも何人か訪れていて、今年は同じクラスのレバノンの学生も行くというので行くことを真剣に検討した。イランの再入国許可をとり、書類をそろえてイラク大使館に行くと、日本大使館からレターをもらってこいという。日本大使館に電話して尋ねると危険情報で渡航禁止が出ているのでレターは出せないという。今年初めジャーナリストが旅券を返納された例もあったので(http://www.asahi.com/articles/ASH7Z5F6KH7ZUTIL02M.html)、あまり食い下がってイランにすら居られなくなったら困るが、ここは曲がりなりにも立憲国家に生きる市民として行政のことを知るべきだろうということで、その法的根拠を聞いてみると、大使館に赴くことになった。
 結論から言うとサポーティングレターの発行は法や規則によって定められているわけではなく、自由裁量であるという。外務省では海外安全情報を出しており、レベル3までの国からのレターの要求であれば、基本的に発行するが、レベル4の退避勧告が出ているところには出せない、と説明された。これは行くことを強制的に食い止めるわけではないし、そのような権限はない(憲法22条)。この辺の実際の運用は議論のあるところだろう。例えば安全情報の信ぴょう性や国際関係上の問題による恣意的な運用などをチェックできるのか。
 今回は行くことを断念せざるを得なかったが(もちろん国境が開くことに賭けていく道もまだ残っているが)、旅行者ブログなどを見てもいまいちはっきりしない、サポーティングレターについて副領事の方からお話を伺うことができたのは収穫だった。

Sunday, September 6, 2015

2015年アフガニスタン・ヘラート旅行の記録

2015年8月24日から26日までヘラートに二泊三日で行ってきました。イランに再入国できる、ペルシャ語がわかる、アフガン人と同行という特殊な条件ではあるものの、後続の旅行者の参考にもなるように書きました。なお、決してアフガニスタンへの渡航を推奨しているわけでも、渡航の安全を保証するわけでもないことを強調しておきます。

アフガニスタンの行き方①ビザ取得編

アフガニスタンの行き方②国境通過

アフガニスタンの行き方③ヘラート



Saturday, September 5, 2015

アフガニスタンの行き方③ヘラート

ヘラートでは街の中心にあるmovafaq hotelに泊まった。ダブルルーム、トイレシャワー付きで一泊一人あたり400アフガニー(約6ドル)。ほとんどの観光地に徒歩でいけ、周りにレストランやおいしいジュース屋がある。


ヘラート一番の見所は、ヘラート城だろう。砂色のレンガでつくられ、形も綺麗に残っている巨大建築である。ここは入場料が現地人は50アフガニーなのに対し、外国人は10倍の500アフガニーもする。さらに敷地内に別料金の博物館がありここが250アフガニー。


人々はほぼ伝統的な服を着ていた。女性も半分以上は青のブルカを着ていた。


アフガニスタン人の友人と行き、さらにイランのザーヘダーンでかったシャルヴァルカーミーズを着ていったこともあるだろう。そしてハザル人に見えるからかもしれないが、街を歩いていて人々の注意を引くことがほとんどなかった。もともとそういう気質なのかもしれないし、戦争がそうさせたのかもしれない。いずれにせよ、同じペルシア語(正確にはダーリ語)を話すイランと比較するととても印象的だった。例外はチケット売り場で、ちゃっかりと外人料金をとられた。


ご飯もイランと違うのが印象的だ。中央アジアにありそうなポロウや、これまでトルコ、ジョージア、ポーランドなどで見てきた、餃子のようなマントゥ。さらにキャバーブが串にあまり挿さってなかったのがイランとの違いだ。


物価は全体としてイランの2/3といったところだろうか。ベンジンの値段もイランの三倍と聞いたが、タクシーも安かった。


同行した友人はとても心配し、街歩きも自由にさせてくれなかったのたが、街を歩いた感じでは、むしろ無関心で安全なんじゃないかと感じた。ただ、夜は店も閉まり、道に出る人の数が身代金目的の誘拐なども起きているそうなので、友人も、自分が他人に外人だと知られることをとても警戒していた。とはいえ、治安とは結局のところ統計学的な問題であり、母数が少ない現在では、危険だとか安全だとか判断できないというのが正しいだろう。


このページは一個人の記録であり、アフガニスタンへの入国を推奨するものでも、滞在の安全を保証するものではないことを強調しておきます。


Sunday, August 30, 2015

アフガニスタンの行き方②国境通過

5:30テヘラン発、マシュハドのターミナルに着いたのが翌日7時半


ターミナルの敷地内にヘラート行きの乗り合いタクシーを運行している会社のオフィスがある。一人65万リアル。ここに直接行けば良かったのだが、場所を聞いたおっさんを媒介してしまったため10万リアル多くとられる。


バスは早朝発であるらしい。


国境への途中、ガソリンスタンドなど二回休憩をはさむ。国境では、アフガニスタン入国時に、別室に連れられ、係員が入国カードを記入。国境の街イスラムカラからヘラートまでは一時間半ほど。到着地はタクシー会社の前。

アフガニスタンの行き方①ビザ取得編

はじめに取得者の情報を書いておくと、テヘランに学生VISAで在住、今回は出入国許可を得ての旅行である。

アフガニスタンVISAの取得@在イラン・アフガニスタン大使館

用意するもの
・申請フォームのコピー
・パスポート
・写真二枚
・40ユーロ(即日は60ユーロ)
・病院の健康証明書。
テヘラン大の病院で10万リアル。医者の質問に答え、特に病気がないことを確認しただけ。メモ帳の様な紙に書かれスタンプが押された、なんとも頼りない書類だった。


















アフガニスタン大使館VISA部門の開館時間は午前8時から12時。しかしこの時間に行っても常に係員がいるわけではないようだった。

まずしなければいけないのが、web上の申請フォームを埋め登録し、印刷する。このことを最初知らず、大使館側のネットカフェで10万リアルで入力印刷してもらった。

次にしなければ行けないのが振込用紙をもらい銀行に振込むこと。これは受付に行くと40ユーロ(即日なら60ユーロ)と書かれた振込用紙を貰える。振込はバンクメッラトでなければならない。向かいの店に5万リアルで振込みを代行してくれる人がいる。後払い。

申請フォーム、振込み済みの用紙がそろったら、上記の書類を全て持って受付へ。
一日目に全て書類を揃えたのであるが、受付に戻った時にはもう係員がいなかった。仕方なく、次の日の朝一でくると、お金を追加しなくても即日で発行してくれるという。午後2時にできるといわれ、待つこと午後3時、無事にアフガニスタンVISAを取得することができた。

2015年8月22日