Sunday, April 9, 2017

キャレパチェを作ってみた

 イランで羊の頭と足を煮込む、キャレパーチェという料理がある。長時間煮込むことにより、頭からでる脂と旨味からなる濃厚スープと、柔らかくなって骨からキレイに剥がれる肉を食べるだ。高カロリーのため、朝食に食べるとよいと言われており、キャレパーチェを出す店は朝早くから開いている。


 肉屋に羊の頭が並んでいることがある。今回、自分で作るため、頭と足四本を購入した。400,000リアルだった。


 作り方はシンプルだ。まず、火であぶって残っている毛を燃やす必要がある。その後洗って水に入れて煮込むだけである。今回はアクをとるため、二回ゆで汁をこぼし、その後玉ねぎとニンニクをくわえて弱火で煮ながら寝た。




 朝起きると、スープは白濁し、肉もよく煮えていた。


 いとも簡単に骨から肉が剥がれ落ちる。


 スープは塩で味を調整し、ナンを浸して食べる。頭からも、ほほ肉、舌、目、脳などの部位があってそれぞれ楽しめる。

Monday, March 27, 2017

卑猥な形の石が立ち並ぶハーレド・ナビー

 イランの北西部、カスピ海に面するゴレスタン州は、カスピ海に面したギーラーン州やマーザンダラーン州並んで湿気が多く緑にあふれた地域(ジャンギャル:ジャングルの語源)である。トルクメニスタンとも国境を接し、州都のゴルガーンを離れればトルクメン人だけの都市や村が多い。

 ゴンバデカーヴースからキャラ―レという町、そこからさらに国境に向かったところにハーレド・ナビー(Khaaled nabi)という参詣地がある。

 

 聖者廟から丘の方に歩いていくと、なんとそこには男性器の形をした石が立ち並んでいる。



 なんでも、これはお墓らしい。よく見ると男性器にはリングをはめたかのように出っ張りがある。この出っ張りの数は生前の奥さんの数を示しているそうだ。よく見ると2つついているものもあった。

 地形自体も非常に興味深い形をしている。この丘を越えていくとトルクメニスタンだといわれた。


 トルクメンの少女たちは長い丈のワンピースを着ていてかわいらしい。


 ここへ行くためにはゴンバデカーヴース(Gonbad-e kavus)からキャラーレ(Kalaleh)というところまで行く必要がある。そしてそこから、ミヌダシュト(minudasht)という村まで行く。ここまでは乗り合いタクシーで行けるが、そこから先は幹線道路で車を捕まえる必要がある。木曜か金曜であれば多くのイラン人がピクニックのために外出するので、運が良ければ載せてもらえる。今回は老夫婦に乗せてもらった。

 ヒッチハイクのつもりで乗り、車内で話しているときもお金はいらないというようなことを言っていたのだが、帰りの最後の最後でお金を要求された。45万リアル(1200円ほどか)と、貸し切りタクシーに乗ることを考えれば高くないが、なにかモヤモヤした感じがした。実際、ここではローカルの人もお金を払って車に乗せてもらったりするのでヒッチハイクをするためには事前に念入りに交渉しないといけないだろう。




Sunday, March 26, 2017

クルディスタンのローピン

 クルディスタンの伝統料理に「キャラーネkalane」というものがある。



 小麦粉と水をこねてナンの生地を作り、そこに刻んだネギを乗せ、油をしいて鉄板で焼く。食べるときは丸めて食べるそうだ。


 これを見たとき、中華料理にも同じものがあるのを思い出した。『美味しんぼ』12巻で山岡達が吹雪で雪山の山荘に閉じこめられた際に、小麦粉とネギと油だけで中華料理のローピンを作る話がある。材料は同じで。ローピンは巻いてから焼くのにたいし、キャラーネは焼いてから巻いて食べる。



 肉を使うことが多いイラン料理の中で、ヴェジタリアンでも楽しむことのできる料理である。


Wednesday, March 1, 2017

イランで医療支援をする日本人女性

 先日、テヘランの「芸術家の家」公園で、日本人女性が講演をするというので、友人に誘われて聞きに行った。海外医療支援を続ける津谷静子さんの書籍のペルシア語訳出版を記念した講演だった。クルディスタンなどにイラン・イラク戦争の毒ガス被害者たちが暮らしていることや、サルダシュトという町にヒロシマ通りがあること、さらにペルシア語もわからない日本人の女性が彼らを訪れ、交流をしていることなど、まだまだイランについていろいろと知らないことがあるのだな、と感じた。
 講演の後、津谷さんから日本語版の本書をいただいた。「支援」という言葉から連想される熱い使命感というよりも、なぜか活動が坦々と続いてしまったということを強調しているので、うしろめたさを感じさせることもなく、自分も何かできることから始めればいいのだ、と思わされる。
 ぜひいろいろな人に読んでほしい。